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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1572号 判決 1975年8月27日

控訴人

武藤真吾

右訴訟代理人

岡崎秀太郎

被控訴人

大守幸子

右訴訟代理人

田中紘三

ほか一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張治よび証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。

被控訴代理人は、次のとおり述べた。

一、法人格否認の法理が適用される場合、当該法人が倒産その他の事由により本来の債務の履行に支障を生じたときは、本来受くべき給付の請求権の行使に代えて、その請求権の価値相当の損害を受けたものとして、これが賠償を当該法人の背後に居すわる者に対して請求することに何らの差し支えがあるものではない。

二1、日本コーボ株式会社は、いわゆる日本コーボ倒産事件として新聞紙上を賑わした如く、控訴人が操る数社の中心的役割を担い、また本件の如くマンションの売主たる地位において多額の金銭を大衆から集めながら、いざ倒産(破産)してふたをあけてみると、殆ど財産らしき財産が残つておらず、従つて、破産管財人の努力にも拘らず、まだ何らの配当計画すらたつていない状況である。これによつても控訴人が日本コーボ株式会社を形骸化させ、同会社の資産を自己の私利私慾のため他に流用していたことが判然とする。

2、被控訴人は、本訴請求金額と同額の金員につき日本コーボ株式会社に対する破産債権として届出たが、これがため控訴人に対する本訴請求権に消長を来たすものとはいえず、また破産手続終了時まで右請求権を行使しえないものでもない。

控訴代理人は、次のとおり述べた。

一、被控訴人の日本コーポ株式会社に対する部屋買受け契約の解除に基く売買代金返還請求権の回収が殆んど不可能になつたことが直ちに同会社が被控訴人に右返還請求権と同額の損害を与えたことにはならない。同会社の破産手続が終了して配当が全く得られないことが確定したときに履行不能となり、損害賠償請求権が発生するものと考えられる。

二、法人格の否認について

1  控訴人が危険性の高い事業活動をしながら、会社形態を利用して、日建グループ内の各社に独立して法律上の責任を負担させ、グループ内の他社および控訴人個人の責任を免れようとしたといゝうるためには、日建グループ各社がいずれも事業体として資産も人的組織もない実体のない架空のものでなければならない。しかるに日建グループ各社はいずれも事業体として資産および人的組織をもち、営業活動を続けてきたもので、マンションの建設、分譲に関してはわが国のトップメーカーとして発展してきたものである。破産宣告を受けた日本建物株式会社は、届出債権額に対し約三〇%の配当を行い、殆んど破産手続を終了しており、また日本コーポ株式会社についても破産手続進行中である。

2  日建グループ各社は、前記の如く、終始マンション建設、分譲の事業に専念してきたのであるが、昭和四四、五年の経済の激変のため他のマンション業者が倒産し、日建グループ三社が事業の蹉跌を来たし、倒産に追い込まれたもので、控訴人が自己またはグループ内他社の利益をはかり、これを私して財産の隠匿をはかつたことはない。

3  現在日本コーポ株式会社の破産手続においては、同会社の法人格を認めて手続が進行しているのであるが、本件において同会社の法人格を否認して、控訴人個人の責任を認めることになると、両手続は両立を許さない二者択一の矛盾の関係になる。

しかも被控訴人が右破産手続において同会社に対する債権をもつて破産債権として請求する以上本件控訴人個人に対する請求は二重請求となる。

理由

一当裁判所も被控訴人の本訴請求は相当であると判断するものであつて、その理由は、次のとおり付加、削除もしくは訂正するほか、原判決理由の説示と同一であるから、こゝにこれを引用する。

(1)  原判決九枚目裏六行目末尾「か、」から九行目冒頭「額の損害を受けた」までを削り、同一〇行目末尾に「してみれば、本件契約は日本コーポの責に帰すべき事由により履行不能となつたものと解すべきであり、それを理由に違法に解除されたのであるから、被控訴人は、日本コーポに対し前記既払いの売買代金の返還およびこれに対する支払い時よりの利息の請求権を有するものというべきである。」を加える。

(2)  原判決一〇枚目表一〇行目「ひいては原告の損害」を削り、同一一行目「したがつて、」の次に「被控訴人が右破産により損害を蒙つたか否かを判断するまでもなく、」を加える。

(3)  原判決一〇枚目裏三行目冒頭「1」の次に「前掲甲第七号証、」を加え、同行「甲第六号証から第八号証まで」とあるを「同第六号証、同第八号証」と訂正する。

(4)  原判決一八枚目表六行目の次行に「控訴人は、控訴人が会社形態を不当に利用したものといゝうるためには、日本コーポをはじめ日建グループの各社がいずれも事業体として実体のない架空のものでなければならないが、これらの各社は、人的、物的に事業体としての実体をもち、営業活動をしてきたと主張する。しかしながら控訴人が日本コーポをはじめ日建グループ各社の支配的地位にあり、自己の事業遂行について法律上の責任を免れる目的をもつてこれらの各社を自己の意のまゝに道具として用いてきたことおよびこれら各社の実態は前叙のとおりであるから、控訴人の右主張は理由がないといわなければならない。また、法人格否認の法理が適用されても、会社設立無効等の場合の如く実体法上法人格を否定されるのではなく、法人格が存在しながらも、特定の法律関係についてのみ法人格の機能を停止して、会社とその背後にある実体とを法律上同一視するという効果を生ずるにすぎないのであるから、日本コーポの法人格を認めてこれに対する破産手続が進行することと、本件訴訟において法人格否認の法理を適用することは矛盾するものではない。さらにまた法人格否認の法理が適用される揚合には、取引の相手方は会社およびその背後の実体のいずれに対しても、あるいはその両者に対して同一訴訟もしくは別訴において請求をなしうると解するのが相当であるから、被控訴人が破産者日本コーポに対する破産手続において破産債権の届出をなしているからといつて、本件訴訟において同一債権に基いて控訴人に対して請求をなしえないということはできない。したがつて、控訴人の主張はいずれも理由がない。」を加える。

(5)  原判決一八枚目表八行目「同社」の次に「の責に帰すべき履行不能により右契約を解除したので、同社に対して既払の売買代金の返還およびこれに対する支払いの時よりの利息の支払い」を加え、同行末尾「破産の」から同一〇行目「右損害の賠償」までを削る。

(6)  原判決一八枚目裏三行目冒頭「してみると、」の次に「控訴人」を加え、同行「被告は、原告」を削り、同行「損害金」とあるを「既払いの売買代金」と訂正し、同八行目冒頭「合による」の次に「利息の支払いを求める被控訴人の本訴請求は理由があるから、これを認容すべきである。」を加え、同行「遅延損害金を支払わなければならないことになる。」を削る。

二よつて原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(岡田辰雄 小林定人 野田愛子)

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